I.T.'S. i nternational J OURNAL  Interview
Vol. 04 ファッションビジネスジャーナリスト 松下 久美さん
新しい時代でのファッションのバリュー(価値)とは? 後編

ーファッションブランドなんて数が半分に減っても人は生きていける!?
これからのお客さまが長く愛してくれるブランド作りの知恵とは? ー

(前編 より続く)
前編はこちら https://its-international.jp/journal/20210210

4)ファッションは不要不急かもしれない。でもファッションフルネスっていう効果もある!

松下さん(以下敬称略): 私はデジタルの反対側にあるもの、それはエモーショナルだと思っています。反対じゃないかな、先かな?前提として、かな?
デジタル化が進んで簡単に情報にアクセスできることがトレンドであり、エンターテイメントである今、それをうまく活用して買いたくなる何か情緒的な付加価値を私たち提案者側は商品につけていくべきでしょうね。
今の人たちは必ず買う前に商品の情報を確認するクセがついています。

I.T.’S. international(以下I.T.’S.): かわいいからこれ買う!みたいな衝動買いはもうあまりないんでしょうか?

松下: ないことはないです。例えば昔から好きだったデザインの服、とか、一目惚れしてしまったデザインの服、とか。 趣味趣向って実はそんなには大きく変わらないから。私はそれをノスタルジックバリューと呼んでいます。でもこれだけトレンドが細分化してしまった今は、なかなかそういう物に出会うことは少ない。 だからこそ、出会ったときは買わずにいられない(笑)。セレンディビティ(偶然の出合い)、重要です!

I.T.'S.: 今はデザインよりスタイル、生き様の時代でもありますもんね。

松下: ですね。だからこそ私たち物づくりの立場の人は、そのモノに込めた思いをしっかりと伝えるべきです。対面式接客だと限界があるので、デジタルを駆使して、例えばQRコードですぐ映像やコメントに飛べるようにするとか、お客さまとの接点づくりやブランドの世界観を共有する顧客体験を作るなど、色々工夫するべきだと思います。それでお客さまの共感を得られると良いですよね。
日常生活で疲れることの多い今、マインドフルネス(心を整える、瞑想)がよく取り上げられていますが、私はファッションにもそういった癒しや気持ちのリフレッシュ効果、さらにはエンパワーメントする力があると信じています。まだまだパワーを人に与えるアイテムなんです、洋服は。いい服やお気に入りの服を着ると気分がアガりますよね!

I.T.'S.: ですよね!我々もそれを信じて物づくりをしています!



5)これからはサステナビリティがブランドの取捨選択の足切りになっていく

松下: コロナ禍に直面して、人々は逆に自然界の素晴らしさを再認識する機会が多かったと思います。
ステイホームでふと窓から外を見上げると、何事もないかのように美しい空が広がっている。マジックアワーの空、それは美しく染め上がり、刻一刻と青が深まっていく。“あぁ、ハワイで見たハイビスカスのピンクみたいだなぁ”などど、かつて行った街の空や風景を思い出す。そんなことも皆さん経験されませんでしたか?

I.T.'S.: はい、私たち、このところ続けて起こる厄災が、今まで人間がやってきたことに対する地球の反発がなんだろう、ってやはりどこかで感じて反省してますね。だから、美しい何気ない自然のワンシーンが余計に身に沁みている気がします。
それに、都会にいるより感染率も低かったので、アウトドアが流行ったり、静かに自然に近い環境にいる機会も多かったですし。

松下: はい。コロナで私たちは自然の偉大さや逆に人間の小ささみたいなことに改めて気づかされました。
そんな自然を大事に守りたい、そして少しでも長くこの美しい地球を守ってサステナブルな世界を作るためになにをすべきなのか。
企業や生活者を取材していると、これからの事業や商品の価値の評価基準が加速度的にここに移ってきているというのも強く感じています。

先ほどのサステナビリティの話に戻りますが、今はもはやブランドのかっこよさや、デザインの良さより前に、そのブランドがどこまでサステナブルかという方が生活者からの関心ポイントになりつつあり、そうでなければ足切りの対象になる時代なのです。
特に若い世代にそれは顕著です。そりゃそうですよね、彼らにとっては地球環境の変化は自分たちの将来に直結しているので。中には「自分はギリギリ生き抜けられる」という世代の人もいるかもしれませんが、今の若い人たちはそうはいきません。よりチェックの目が厳しくなっています。サステナビリティって持続可能性ってことですが、裏を返せば、サステナブルでなければ持続可能ではない、ということ。人が健康で幸せに生きていられる環境でなければ、ファッションなんて求められませんよね。

I.T.'S.: そうですよね。より若い世代を中心に“ソーシャルであること、サステナブルであること”はブランドを選ぶ一番のポイントになってきているのを実感します。
とはいえ、物を作ったり売ったりするのはとても手間のかかることです。たとえば洋服の生産ひとつとっても逆に今までの工業的な大量生産のほうが環境には負荷はかかるけれど、安上がりに物は作れたりします。そこら辺が私たち作り手の悩むところなんです。安くでも提供したいし、環境に優しい、良い物づくりもしたい。

松下: 大丈夫ですよ。今は情報化時代。アパレルの物づくりやコスト構造も消費者にはだいたい透けて見えている。何にコストがかかっていて、何が大変で、そしてどのブランドがどういう姿勢で取り組んでいるかなどなど。だからSPA型のブランドや切り口が違うD2C(オンラインだけで服や雑貨を扱うブランドのこと)が台頭してきているんです。

I.T.'S.: 我々は特に素材の開発に重点を置いて、優しい着心地、なるべく環境に良いサステナブルでナチュラルな素材を使うこと、そして長く着られる商品作りを心がけていますが、一番は買いやすい価格でそれを届けたい、と思っているブランドなんです。

I.T.'S.: だから実際、価格はお手頃ですが、商品ひとつ一つの商品コストは40%から45%という、実はとても中身の濃い物づくりになっています。

松下: そういうことは消費者のみなさんに声を大にして伝えてください!せっかく良いことをやっているのだから!(笑)
ただ、何故、そのような構造、しくみが成り立っているのか、もきちんと伝えることが大事ですね。たとえ上代価格が安くて、素材が良くても、例えば労働者に負荷がかかっているとかだったら意味がないのです。

I.T.'S.: ですよね。SDGsの評価項目って多岐にわたっていますからね…。私たちは素材開発や縫製の時点でできるだけ直接取引をすることで中間マージンを減らして今の価格帯を実現しています。でも限界もあります。これからの世の中、より環境に負荷のかからない物づくりをしようとするとやはりコストも上がっていってしまうという…いくら企業努力で商品コストを高く設定しても価格は上昇してしまいます。

松下: いいんですよ。高くなっても。と、いうと少し大げさですが、少々の値上げだったら今のお客さまはわかってくださいます。その代わりその活動の証を下げ札やQRコードで発信したり、こうやってオウンドメディアで伝えるなどしてください。誠実にモノづくりをして、丁寧にそれを伝えて、期待をしてもらい、実際に手に取ったり購入してもらったものが、その期待通り、あるいは期待を上回るものであるならば、お客さまは必ずついてきてくれます。それをどうファン化するかですね。

I.T.'S.: そうですか、そうですよね!我々も発信力を強めて私たちの信念を伝えていくようにします!

6)やっていても相手に伝わらなければやっていないのと同じ、知られなければ存在しないのと同じ

松下: ファッションビジネスジャーナリストとして長くこの業界で活動していますが、フランドルさんの物づくりの確かさと誠実さは十分に理解しています。だからこそより多くの人にI.T.’S. internationalの理念を共有してもらうようにしてください!
価格を抑えていること、商品コストを高くしよりバリュアブルな物づくりを目指していること…。
相手に伝わらなかったら、やっていないのと同じ!ブランドとして思いだしてもらえなかったら、ないのと一緒!(笑)

I.T.'S.: 相手に伝わらなかったら、やっていないのと同じ!全くその通りと思います。私たちI.T.’S. internationalチームも自分たちの理念、やりたいことやっていることをより多くの人にわかっていただくように発信力を高めていきます!これからやっていきたいこと、そして今どこまで達成できているのか?も含めて、です。そのためにこのホームページも作ったので。
本日は本当にファッションの世界、いやこれからの社会全体の方向性をわかりやすく教えていただき、ありがとうございました!

松下 久美  ファッションビジネスジャーナリスト
「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業やセレクトショップ、百貨店や商業施設、ZOZOなども担当。 TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を務めた。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。