I.T.'S.international JOURNAL ファッションと地球のこれからを考える
Vol. 03 ファッションビジネスジャーナリスト 松下 久美さん
新しい時代でのファッションのバリュー(価値)とは? 前編
ーファッションブランドなんて数が半分に減っても人は生きていける!?
これからのお客さまが長く愛してくれるブランド作りの知恵とは? ー
新しい年2021年を迎えましたね。いきなりのコロナ禍再燃で不自由な毎日を過ごされている方も多いと思います。私たちファッションに携わる人間も、皆さんにきちんと商品を見ていただけないとか、
気分的にも皆さまが買い物する気になれないとか、それなりに苦しい毎日です。でも、それをなんとか乗り越えようとトライ&エラーの毎日です。
ここ数年、増加してきている地球全体の気象変動や環境問題から、私たちの中でファッションの価値基準というものも少しずつ変化しているように感じていました。
そしてこのコロナ禍でその感覚は特に強まったように思います。
今回のお客さま、松下久美さんはファッション業界でもう何年もファッションビジネスジャーナリストとして活躍し、ファッションのあり方やビジネスの変遷をレポートされてきています。
その松下さんにファッションに対する人々のここ数年にわたる価値観の変化、について語って頂きました。
アパレルのパーティやファッションナイトアウト、赤文字系のランウェイなど、華やかなファッションの側面をたくさん知っている彼女の口からまさか出てくるとは思わなかった衝撃的なコメント。
でも作る側にとっても買う側にとっても久美さんのこの提言は、これからのウィズコロナの時代を生きていく我々にとって、一つの指標となると思います。
皆さんぜひ!ご一読ください。
1)コロナ禍でも売れているファッションはある
I.T.’S. international(以下I.T.’S.): 本日はお時間ありがとうございます。よろしくお願いします。
松下さん(以下敬称略): よろしくお願いします。
I.T.'S.: 早速ですが、こんな世界的に厳しい状況の中で久美さんが頑張っている、と評価していらっしゃるファッションのジャンルってあるんでしょうか?
松下: ありますよ、もちろん。例えばメゾンといわれている世界のラグジュアリーブランドたち。そういったブランドはこのコロナ禍でもとても好調に売上を伸ばしていると聞きます。
I.T.'S.: 羨ましいなぁ(笑)。我々もイーコマースの売上は好調ですが、やっぱりリアル消費の売上がなかなか厳しいです。みなさん外出を控えていらっしゃいますからね…。
松下:
そうですね。やはり生活者の皆さんもデジタル化が進んで、おうちでショッピングなんていうのも増えていますね。
お買い物がしたい気分でもコロナのせいで、ファッションビルに出かけて行って色々見比べる、なんていうのも出来ないですし、ネットでショッピングするとなると、やはり自分の頭に浮かんでくるブランドネーム、接点のあるブランドでの買い物になりやすい。そこで想起されなければ、その方にとって、そのブランドはないに等しいというか。
それ以上に今は「お金はあっても、無駄なものには使いたくない」という気持ちが消費者の間で大きくなっています。
旅行に行くための貯金や、買い物や外食に行けなくて奇しくも貯まったお金。でも、何か買いたい(笑)。それを何に費やそうかという時、ラグジュアリーブランドをイメージ想起される人が多いんでしょうね。
資産価値という意味でもラグジュアリーブランドはセカンドマーケットでも高評価ですし、価値の目減りが少ない。さすが長年培った伝統に支えられています。
でも普通のアパレルだとそうはいきません。特に必需品以外は買い控える傾向になってしまっています。
I.T.'S.:
ですよね。なので我々もできるだけ商品に対する価値(バリュー)の高さを心がけて物づくりをしています。
買いやすい価格帯であることはもちろん、高い品質、こだわりの技術、そして長く着ていただけるデザイン、です。
松下:
こういった時代ですから、そのこだわりがきちんと伝えたい方々に伝わるということがとても大事なんです。例えばI.T.’S. internationalの場合だったらお客さまの世代が30代40代ですね。そういったお客さまが今一番刺さるキーワードで言ったら#丁寧な暮らし、とか#ちょうどいい暮らし、とかでしょうか?
今はトレンド感よりも、むしろ、生活に寄り添うとか、スタイルのあるブランドが求められていると思います。そういったブランドとして評価されていくと良いですね。
I.T.'S.: たしかに。はじめから勉強になります。
2)今はフィルターバブルの時代だ!情報もパーソナライズされている
松下: 今の時代、情報は自分の購買履歴や検索履歴、視聴履歴などでどんどんフィルターがかかっています。 つまり自分の関心事に関してはどんどんそれに近似したパーソナライズされた情報が集まってくるようになっています。 フィルターバブル、つまり私の見ている情報と皆さん一人ひとりが見ている情報に違いが生まれている時代にすでになっています。
I.T.'S.: なるほど。個人個人で情報設計ができるという時代の到来ですね。 そこに私たちも心に留まる情報を発信していれば共感を持っていくださる人たちとのコミュニティが作れそうです。
松下: ですね。
I.T.'S.: しかし、リアル文化の一番の担い手と言われているファッションですが、久美さん、お話を伺い初めてからずっとデジタルの話ばっかりです…。
松下:
そうですよ、まずはデジタルです!(笑)。もちろんリアルもとっても重要ですし、他にもまだまだお伝えしたいことがあります!
数年前に「これからのファッションのトレンドってなんですか?」とメディアからインタビューされたことがありました。
その時に私は「デジタル、サステナビリティ、そしてウェルビーイング(健やかに生きること)」と伝えました。
3)これからのファッションのトレンドはデジタル・サステナビリティ・ウェルビーイングだ
松下:
そうしたらメディアの方は不思議な顔をされた。デジタルとかサステナブルなんてトレンドじゃないと思っていらしたんですよね。
でも見てください。今は海外の雑誌も日本の雑誌もいつもサステナブル特集だし、メディアの発信の仕方も激変しましたね。
もちろん“カラー”とか“デザイン”とかも大事だけれど、今のファッション業界のトレンドのポイントは“取り組みの姿勢”とか“スタイル”です。
気候変動で豪雨や大型台風などに見舞われる機会が増えていますが、日本各地や世界で災害に遭われた人のことを思えば、オシャレな洋服を買う前に車とか家の修理とか必需品から、ですし、牛に穀物を食べさせている場合じゃないくらい温暖化は進んでいる。
人口の爆発的増加と温暖化で、食糧難になることも予想されます。だからファストフードも代替ミートなどを必死に開発提案し始めているし、コオロギ食などの昆虫食も世界的に注目されています。
(*畜牛は飼料も大量に必要ですし、牛の出すメタンガスが地球温暖化を促進する原因の1つといわれています。)
環境に配慮した仕組みやインフラを作れないなら、ファッションブランドなんて今の半分の数になっても構わないと私は思っています!もっと淘汰されてしまえ、と。
それでも生活者は困らずやっていけるでしょう。
I.T.'S.: すごい、そこまで危機的な意識を持つべきなんですね。ファッションアパレルやその他のメーカーも…。
松下:
そうだと思います。現実はすぐに10歩も20歩も進めないのだから、まずは早く1歩1歩を始めないと。
何故なら今、我々は物を買うこと自体が罪悪に感じる時代に突入しているのです。
その消費者の高いハードルを超えてでも買いたくなる何か新しい価値を、ブランド側は作っていかないとなりません。
I.T.'S.: はいっ! 心に深く刻んで進めていきたいと思います。
物を買うこと自体が罪悪感を醸し出す、ファッションブランドなんて半分に減っても困らない!など衝撃的な言葉の数々…。 でもファッションを通じて皆さんを癒したり楽しませたり、充足感を味わってもらうために、私たちにもまだまだ色々できることはあるはず。 次回はそんな新しいファッションのあり方について、これからの#ちょうどいい暮らしについてさらに松下さんと深堀りして行きます!お楽しみに!
松下 久美 ファッションビジネスジャーナリスト
「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業やセレクトショップ、百貨店や商業施設、ZOZOなども担当。
TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を務めた。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。